みなさんは、何度も読み直す本は、ありますか?
私は、たまに読み返す本は何冊かあります。
読み返す本のひとつに、「プロフェッショナルの条件」(ドラッガー著)があります。
ビジネスマンには有名な本ですね!
読み返すたびに、自分への良い刺激になります。
● Part5 自己実現への挑戦 第3章に、
自己成長を問う、脳裏に焼き付く"呪文"が書かれてます。
*センシティブな内容を避けたい方は、ココで読むのはやめましょう。
脳裏に焼き付く呪文とは、「何によって憶えられたいか」です。
何によって憶えられたいか
私が十三歳のとき、宗教のすばらしい先生がいた。
教室の中を歩きながら、「何によって憶えられたいかね」と聞いた。
誰も答えられなかった。
先生は笑いながらこういった。
「今答えられるとは思わない。でも、五〇歳になっても答えられなければ、人生を無駄にしたことになるよ」
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今日でも私は、この「何によって憶えられたいか」を自らに問い続けている。
これは、自らの成長を促す問である。
なぜならば、自らを異なる人物として見るよう仕向けられるからである。
運のよい人は、フリーグラー牧師のような導き手によって、この問を人生の早い時期に問いかけてもらい、一生を通じて自らに問い続けていくことができる。
参照)「プロフェッショナルの条件」(ドラッガー著)
みなさんも、いずれは死を迎えることになります。
80歳かもしれませんし、100歳まで生きるかもしれません。
そんなとき、「○○さんは、~~な人でしたね」と、周りの人が悲しんでいるとします。
「○○さんは、会社の不平不満ばかり言いながら、歯を食いしばって、定年まで働いてこらた人ですよね。」
「〇〇さんは、波風立てず、サラリーマン人生をこなしてきましたね。」
「〇〇さんは、・・・どんな事してた人でしたっけ・・・?」
私は、上に書いたような、憶えられ方は、避けたいですね。
悲しすぎます。
だって、「自分の人生を生きてない」感じがするから。
自分が納得行く人生を歩むことができれば、死を迎えたとき、どう憶えられていようと、関係ないと思います。
しかし、自分の人生を主体的に、積極的に行動してきた人は、上に書いたような憶えられ方をされないのではないでしょうか。
改めて感じるのは、「時間は有限」と意識できるので、「死=終わり」を意識するこは大事ですね。
最後に、もう一度、問います。
「みなさんは、何によって憶えられたいですか」
みなさんに対して、こう問いながら、この "呪文" が、私の脳裏に焼き付き、今日は寝れそうにありません。
では、また!
マッシュルーム ワークスタイル / キノコ